GOOD DESIGN LECTURE

2020年11月、宮城大学の価値創造デザイン学類において、グッドデザイン賞の受賞者によるレクチャー「Good Design Lecture」が開催されました。第3回目を迎える今回の講師は、2019年に金賞、2020年にBEST100を受賞された株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメントの中山哲法氏を招き、ロボットトイ「toio™(トイオ)」 を軸とした先進的なデザインのあり方について講義していただくとともに、対話的なワークショップを通じて事業や体験、製品をデザインすることについて学びました。またこのレクチャーの実現に当たってご協力いただいた、日本デザイン振興会の矢島進二氏にも同席いただき、グッドデザイン賞の社会的意義なども解説していただきました。

中山哲法氏

株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメント
toio事業推進室 課長

北海道大学大学院 理学研究科 数学専攻修了。 組み込みソフトウェアエンジニアとして、多岐にわたるデジタルイメージング製品群の開発に従事。特に有線・無線通信制御を得意とし、それらを用いた新機能のプロトタイプ・新規カテゴリ商品の立ち上げを担当。toioについては、製品企画、基礎技術開発の他、「toio」のネーミングも考案。主な受賞にSony Outstanding Engineer 2018、グッドデザイン金賞、デジタルえほんアワード デジタル教材部門 グランプリ、第22回文化庁メディア芸術祭 エンターテインメント部門 審査委員会推薦作品への選出など。

数学と遊び心

中山さんは大学と大学院で6年間数学を研究。その後ソニー株式会社に入社し、10年間カメラ系のソフトウェア開発に従事したとのことです。2016年からは新規事業創出部へ異動したのち、toio事業を立ち上げ、現在は株式会社ソニー・インタラクティブエンタティンメントにてtoioタイトル開発のプロデューサーをされているとのことでした。

自己紹介の中で印象的だったのが、中山さんの関心の中心には常に「エンタテインメント、アート、図画工作」がある、とおっしゃられていたことです。幅広く様々なカルチャーに関心を持つことが、中山さんのデザインに、数学的な理論性だけではない、魅力的な遊び心を加えている。そしてこうしたアプローチこそが、toioのような楽しいプロダクトを誕生させ、されにそれがグッドデザイン賞を受賞することに繋がっているのだと感じました。

遊びから学ぶ「toio」

toioの本体は1台のコンソールとリング状のコントローラーで構成されており、コンソールには特徴的な2つのコアキューブ(以下、キューブ)がついています。キューブはコンソールから取り外して無線操作ができる、いわゆる小型ロボットのようなものです。

このキューブには「リアルタイム絶対位置検出」という技術が備わっています。キューブの底には読み取りセンサーがついており、そのセンサーで特殊印刷を読み取ることでマット上のキューブの位置が瞬時にわかるというものです。この機能によって今まで画面内でしか行えなかった『⾃動で動いたり、編成を組むといった制御』が現実世界で可能になります。

現在7本のタイトルが出ているtoioですが、昔の遊びをtoioでアレンジしたり、キューブの動きを利用して自分で新しいものを生み出したり、自然にプログラミングというものを体験できたり、そのどれもが遊ぶ上で子どもたちの創意工夫がとても重要になっています。まさにtoioとは遊びの中から学びを生み出す新しい形の製品だと言えます。

またこうした様々な工夫が、toioのビジョン「リアルな遊びが未来を作る」、そしてミッションとして掲げられている「小学生から楽しめる実世界ゲームの市場の創造」を具現化していると感じました。

きっかけは社内オーディション

toioのような「まったく新しい体験」が特徴のプロジェクトは、既存の事業の枠内では実現が難しい、と中山さんは語ります。それではどうやってこのtoioを事業化できたのでしょうか。

きっかけは社内オーディションでの優勝でした。ソニーには社内の新規事業化を支援する制度があるそうなのですが、中山さんは仲間ともに応募し、見事優勝を勝ち取りました。

その後、わずか三ヶ月で絶対位置検出技術を確立し、実際に子どもたちに遊んでもらいながら、商品化に向けて技術調査やプロトタイプを高速に繰り返したとのことです。中には三日間ぐらいで試作モデルを作ったケースもあるそうで、そのフットワークの軽さに驚くばかりです。

こうした高速な開発の成果として、発足からわずか一年後に東京おもちゃショーで一般公開。40分待ちの行列ができるほど人気となり、同時にクラウドファンディングでの販売を開始。当時は「ソニーがおもちゃ市場に進出」ということで様々なメディアで取り上げられ、話題となったとのことです。そして、製品がお客様のところに実際に届いたのは、プロジェクト発足から一年半ということでした。

ユーザーを巻き込みながら

新規事業を高速に事業化するために、中山さんたちが採用した「3つの手法」はとても興味深いものでした。

まず、一つ目。最初に仕様を決めきって製品を開発するのではなく、仮説と検証を小さく何度も繰り返していく「顧客開発モデル」の手法の導入。小さな失敗を繰り返しながら、体験のクオリティを上げられるのが特徴です。

二つ目はターゲットを「新しいモノが好きな人」に絞ったこと。絞った顧客のニーズを満たす最小限の製品(Minimum Viable Product)の実現を優先したとのことです。絞り込むことでのリスクもあると思うのですが、大胆な決断が成功につながったのだと思います。

三つ目はプロトタイプをユーザーと共に設計するプロセスを採用したことです。200名以上の子どもに体験してもらいながら、ハードウェアも含めて設計時点からユーザーを巻き込んで検討しています。

インクルーシブデザインを目指して

一度商品を作り上げた後も、ユーザーの意見を取り入れて改善を繰り返していくことが重要だと中山さんは語ります。その実例として紹介されたデザインプロセスは非常に興味深いものでした。

toioの中には色を使ったパズルゲームがあり、最初のバージョンではマット上に塗られた色を、時間内に音声で指示された通りに色をたどっていくという内容でした。すべての人が色の違いを認識できるように配色自体は調整されていました。しかし、「色の見え方が異なる息子が、緑と黄色の区別がつかず遊べませんでした」という一通のメールがユーザーから届いたのです。

ユーザーの声を受け、改良版では「色の名前」も文字表記するようにビジュアルが変更されました。この改善により色の見え方の違いに関わらず、誰もがより早く確実に色を見分けることが出来るようになりました。

この失敗は設計の時点からリードユーザーとして色の見え方が異なる方を巻き込むインクルーシブデザインがあれば、回避できたことだと中山さんは語ります。しかし、新規事業は予算も少なく実現が難しいのが現状です。そこで一度商品を作り上げた後も市場のユーザーと一緒に設計していくスパイラルを作ることが有効だと語りました。

評価と仲間

昨今グッドデザイン賞の評価においては、プロダクト自体の美しさだけでなく、考え抜かれたユーザー体験やバックグラウンドが重視されることが増えているとのことです。toioが高い評価に繋がったのは、体験のデザインを重視しているからではないかと、中山さんは振り返ります。

また、パートナー企業とのコラボレーションも、国内外で反響を呼びました。当初パートナー探しは難航しましたが、大胆な行動によってtoioにかける想いが伝わり、様々なクリエイティブ企業との協働が実現したとのことです。小規模のプロジェクトでも、仲間と共に大きなアウトプットを出せる。このコラボはその証明となりました。

挑戦と社会課題

これまので中山さんのキャリアの中で、大きなチャレンジが4回あったそうです。チャレンジに関して伴うリスクや厳しい言葉を受けることもあったけれど、飛び込んでみて良かったと語っています。ここぞというときに一歩踏み出し大胆にジャンプしてみること、そしてその行動を起こす果敢な心持ちがあってこそ、価値のある事業を生み出すことができるのです。

また、デザインをする上で「社会問題の解決」に関心を持つことが重要であり、自分のやりたいことと世の中のニーズが合致したときに、初めて事業として意味を持ち、さらに自然に仲間や評価が集まる、という言葉が印象的でした。改めてtoioのデザインプロセスを振り返ると、まさに社会におけるプログラミングへの関心の高まりへ応えるだけでなく、中山さん自身の興味関心が強く重なり合っています。

グッドデザイン賞について

今回のレクチャー内では日本デザイン振興会の矢島進二氏からグッドデザイン賞についての説明もありました。今年の審査テーマは「交感」。他者や社会、環境などに配慮して、相互の感覚や感性が交わっているか、という点を意識して審査されたそうです。

また、この時代社会性や公共性を踏まえていないと良いデザインとは言えず、そのような時代感覚や課題意識がデザインに伴っているのか。これからの時代のモデルとなりうる可能性があるのか。このような観点を踏まえて審査を行っているそうです。

今年のグッドデザイン大賞は、WOTA株式会社の「自律分散型水循環システム」。持ち運べる水再生処理プラントとして生活排水を98%異常も再利用できるとのことです。今年グッドデザイン大賞を受賞した作品を見てみると、地域が抱える問題と世界の課題の両方を重ね合わせて解決することができる作品が選ばれていると感じました。

編集後記

創意工夫を引き出すロボットトイ「toio」は、遊びを通して大人から子どもまで、私たちがもつ創造性を刺激します。この興味深いおもちゃの開発における最大のポイントは、実際のプレイヤーである子どもたちを製品の開発段階から巻き込んできたことにあるはずです。開発段階からユーザーの意見を取り入れて改善を重ねていくのは、試行錯誤の連続で、とても根気の要る作業だったことと思われます。

こうした経験を踏まえ、中山さんは私たち学生に「3つの伝えたいこと」を示されました。「よく考え、実際に手を動かすこと」「時にはリスクを承知で大胆な行動をとること」「好きなことや特技を磨き学び続けること」これらは決して簡単なことではありません。しかしこの講義に参加した学生たちにとって、これからの学びやデザインにおいてとても役立つ貴重なアドバイスとなったのではないでしょうか。

編集・ライティング:鹿野研究室

葛⻄ 伊織/⼩関 克也/⼩林 来夢
佐藤 菜乃⾹/鈴⽊ 七奈/港 加帆/⼋巻 春⾹

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