山。それは自然の象徴であり、生命が生まれる場所です。そして同時に、現在私たち人間に奪われているものでもあります。

この生命を生み、守り、奪うという循環は、刀の持つ、命を守り、奪うあり方と似通っていると考えました。また、刀の原料である玉鋼、さらにその元となる鉄は山を採掘して得たものです。山の後ろに佇むように刀を配置しているのはそのためです。

この展示は、いのちのあり方を「山を壊す」という体験を通して、何かしら感じ、考えてもらうことを目的としています。

山は実際の土や苔を用いて作られており、スコップを使用し、山を崩してもらいます。山の中には玉鋼を模した石が埋め込まれています。それらを探し、それを水で洗ってもらうことで、自らの手で自然を壊し、命を守り、奪いもする刀の原料を得るという体験を擬似的に体験できます。

この展示は刀の持つ、生と死の性質の「生」を表現したものです。

「生」の明るく伸びやかな印象を表現するため、複数の個性が異なる日本とゆかりある花々をいけ、周囲に青々とした葉を散らばせました。

そして、花瓶の脇に横たわる木はたくさんの実をつけ、新たな「生」を生み出そうとしている様子を表現しています。

「死」の展示と対象にするため、花・葉・木・花瓶の要素を共通としたが、その内容を対照的にすることで、より「生」と「死」の差の大きさを表現しました。

この展示は刀の持つ、生と死の性質の「死」を表現したものです。

日本では「死」を連想させる花である菊をメインとし、周囲に落ち葉を広げることで、生命の「死」を表現しました。

そして、花瓶の前に落ちた茎のない菊の花は奪われてしまった「命」を表現し、その周りに散らばる石はそこから流れ出てしまった「命」を表現している。

また、花瓶に巻き付くように置かれている枝は命を刈り取る刃を擬似的に表しています。

この展示は「生」の展示と対比した展示となっています。

部屋の細い通路に設置された小さな山は私たちかなとこグループにとっての神棚のような存在です。私たちがこの展示を制作する中で生まれた、展示室中央に配置された破壊されてしまう山への弔いの気持ちを込めて作成しました。

わざわざ展示室ではない細い通路に設置したのは、私たちの考えの形を強要したくなかったためです。しかし同時にこういう考え方もあるということを知ってほしかったのです。

そのため、見ても見なくてもいいように、この場所に配置しました。

小山の周囲とその前に散りばめられた小石は、山から流れでた「生命」を表現しています。

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